そのお蕎麦屋さんは今日で閉店を迎えるという。
つい2〜3日前にすがりつくような電話をもらって、その日に有終の美を撮影させていただくことになった。
普段飲食店で撮影することは珍しくないが、閉店のその日というのはこれまでの経験でも初めてだった。
曰く、その3日間というもの大晦日に匹敵する忙しさだという。
父の代からの常連さんがひっきりなしに押しかけ、一言二言感謝の言葉を述べながら店を後にする。
さりげなくテーブルに手紙を置いていく客もいる。
厨房は戦場のような様相を見せ、自分も極力邪魔にならないよう、油で滑る足もとにふらつきながら最後の戦いにシャッターを切り続けた。
「なんでもっと早く呼んでくれなかったんだろう」
できればこの店をずっと撮り続けてみたかった。
今日で終わりを迎えてしまうというそのお蕎麦屋さんは、あまりにドラマチックでフォトジェニック。
家族の連携プレイはどこにも無駄が無く、戦場の中でも淡々と客の注文をこなしていく。
そして平常を装おうとする彼らの中にときおり見られる、どこかわざとらしい元気の良さ。
夢中になってシャッターを切り続けた。
こんな貴重な機会に立ち会わせていただける。
申し訳ないやら有り難いやら、ただただ依頼人の期待に応えようとシャッターを切り続けた。
笑いあり涙あり、今日はそんな現場だ。
そしていつしかピークも過ぎ、客が一人また一人と店を後にしたころ、
「良かったらこれ食べてください」
そんな心遣いに自分も遠慮無く蕎麦をすする。
これがまた美味い。
関西人のくせに饂飩より蕎麦を選ぶ自分だが、これは間違いなく美味い。
山葵まで良い。
ちゃんとこだわりがある。
美味い。
もし近所にあったら間違いなく通い詰めてる、実直で卒のない、ただただ蕎麦のためだけに工夫を凝らしてきた、そんなとある家族のお店。
「勿体ないですねぇ。。。」
感謝の意を述べて、自分もまた店を後にする。
ホントはこういう店が残ってかなきゃいけないのに。
色々事情は聞かせていただいたが、それでもやはり勿体ない。
そんな思いをかみしめながら、今日という日に立ち会わせていただいた事にただただ感謝しつつ駅を目指す。
あぁ、この仕事を選んで良かったな…
そんな事を思いつつ、駅で財布を忘れてきた事に気づき、また来た道を戻ってゆく。
そんなある日。